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概要

vol100 2015.03.26

(上)100色展開のウール100%の毛糸「パーセント」(518円)。あふれるような色合いが、マダムたちの“ものづくり魂”に火をつける(左)昭和の時代の「スキー毛糸」。この2かせで、セーターを1枚編むことができたという(左)「スキー毛糸」の広告。レトロな色合いとイラストがかわいらしい(下)創業者の木村亀蔵にちなんだ「木村屋糸店」のポスター。亀が糸を引っ張る様子が描かれている1木村屋青葉区中央二丁目4-8?022-224-1108営/10:00~19:00休/年末年始との声が励みに「編み物がしたい」震災後の六木村屋る―。ちが楽しそうに商品を眺めていか、店の中では、今日もマダムたな仙台商人の心意気を感じてをいただいております」。そん経ちますが、おかげさまで好評ている。「始めてからずいぶんした無料の編み物教室を開催し木村屋では、お客様を対象とりました」。もにとっても、大変な励みになた方の声をいただいて…。私どほしい』とおっしゃってくださっどで『編み物がしたい』『毛糸がセーターのシーズンが終わると、また次のシーズンに向けて早々と準備を始める。ひと目ひと目編みこむ手編みのセーターは不動の人気それでも、震災の後、避難所なを買うほうが安いですからね。や手編みは趣味の世界。既製品は生活の一部でした。でも、今で編んでいましたから、編み物「かつては、セーターなどは家庭なったそうだ。貴則さんは言う。産の毛糸が店頭に並ぶようになると英国製の毛糸、続いて国取り扱い、大正時代の中ごろにると、創業当初は絹糸や綿糸をそれでも、伝え聞いた話によないんですね」と教えてくれた。で焼けてしまったので、資料がないのです。このあたりは戦争になったのか、実はよく分からんは「いつ木村亀蔵から木村屋うだ。専務取締役の木村貴則さ材料や小物を扱う店であったそはじまり。当初から、和洋裁縫として興したのが「木村屋」のの治名そ22年(1889)にのままに「木村亀蔵」明、初代8