まちを見守るお不動様と仙臺四郎【machinavi PRESS human】

クリスロード商店街 三瀧山不動院 住職 加藤隆弘さん

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 私たち仙台っこにはおなじみの仙臺四郎は、明治時代に実在した人物。立ち寄った商店が繁盛したことから“福の神”として愛され、今や全国にその名を知られています。その仙臺四郎を安置している三瀧山不動院には、商売繁盛を願う人や家族の無病息災を祈る人たちがひっきりなしにお参りに訪れます。

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 そんな三瀧山不動院が、数十年前まで寂れた寺院であったことを知る人は、今やもう少ないのかもしれません。「もともとは、江戸時代の終わりに祈祷師の加藤タケさんという人が、町人のために加持祈祷をするところでした。そのタケさんがある日お不動様を拾い上げ、以来ここに安置したのが三瀧山不動院の始まり。それからお不動さまは、このまちの守り本尊となったんです」と教えてくれるのは、住職の加藤隆弘さん。加藤さんこそ、この三瀧山不動院を再興させたその人。 「タケ尼僧亡き後何代か跡を継ぎ、戦争が起こりました。この辺りは空襲で何もかも失ってしまいましたが、町内のみなさんは焼け跡の材木を集めてなんとかお寺を作ってくれたんです。そして、前住職亡き後に親類であった私が呼ばれ、この寺を見ることになったのです」。

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檀家を抱える寺とは違い、三瀧山不動院は加持祈祷の寺。それゆえ、参拝客がなければ、寺としては立ち行かなくなります。「そこでふと思いついたのが、仙臺四郎でした。ある地元企業を訪ねたときに、仙臺四郎の古い写真が飾ってあるのが目に入ってね。それが昭和の終わりごろですね」。

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信楽焼きの四郎像を作成し、本堂横に安置。こうして、“仙臺四郎安置の寺”となった三瀧山不動院は、当時のマスコミの注目もあり、瞬く間に多くの参拝客を得ることとなりました。

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「このお寺を守るために思いついたことだったけれど、結果的に四郎さんはやっぱり福の神でしたよね。こうして、たくさんの人にお参りしてもらえるようになったんだから」。 今は、毎月のご縁日に加え、年末年始のご祈祷、初詣にと大勢の方が訪れます。「お不動様、仙臺四郎、そしてここには干支ごとの守り本尊8体も安置されています。

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これからもみなさんに気軽にお参りしていただけたらと思います」。そう言って加藤住職は、柔和な笑顔を浮かべました。

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