街ナビ仙台サイト
サービス終了のお知らせ

昔は「困ったらコミナトへ」っていわれていたなんでも屋だった

lead-img-102広瀬通を挟み南北に広がる商店街。
街の名前は「一番町」。通りの名前は「東一番丁通り」。江戸時代は侍の街であったこの界隈も、時の流れとともに老若男女が集うにぎやかなショッピングエリアへと変化を遂げたのである。
そういえば「番ぶら」なんていう言葉もありました…。
ぶらんどーむ一番町商店街と一番町四丁目商店街、これからの発展が楽しみである。


カバンの店 コミナト

カバン、バッグの専門店「コミナト」。創業は、明治20年(1887)で、当時は何でも扱う雑貨店だったという。
5代目店主の小湊幸夫さんは「昔は、『困ったらコミナトへ行け』って言われていたくらい、なんでもそろったみたいですね。それに、うちにないものでも、と りあえずここに来れば売っているところを教えてくれる…みたいな感じだったようですよ」。

5代目の小湊幸夫さん。カメラや音楽など多趣味な“趣味人”でもある

5代目の小湊幸夫さん。カメラや音楽など多趣味な“趣味人”でもある

一番町四丁目商店街。この赤い看板が目印だ

一番町四丁目商店街。この赤い看板が目印だ

女性用のおしゃれバッグから、実用的なお買いものバッグ、男性用のビジネスバッグ、スーツケースまで幅広い商品をラインナップしている

女性用のおしゃれバッグから、実用的なお買いものバッグ、男性用のビジネスバッグ、スーツケースまで幅広い商品をラインナップしている

さらに小湊さんは「柳行李や竹行李を扱っていた縁でズックやら布 の袋を扱うようになったみたいですね。いろんなものを扱う中で残ったのがカバン。まぁ、今のようになったのは、戦後の話ですけれどもね」と話す。

戦後の「コミナト」の写真。店先に、バスケットや笠などがずらりと並べられているのが見て取れる

戦後の「コミナト」の写真。店先に、バスケットや笠などがずらりと並べられているのが見て取れる

創業者の小湊直蔵の名が入った乾物雑穀商店時代の送り状。これが、明治から続くことの証だ

この場所で生まれ育った幸夫さんは、実は末っ子なのだという。「おれは小さいときから店に立つのが好きだったからね。聞いた話によると、3つくらいから店先に立って『いらっしゃい、何欲しいのっしゃー?』ってやっていたっていうんだから(笑)」。

100歳を迎えた5代目幸夫さんのお母様光代さん。100年分の笑顔が輝いている

100歳を迎えた5代目幸夫さんのお母様光代さん。100年分の笑顔が輝いている

そんなかわいらしい“看板息子”も、今や立派に店を仕切る経営者に。「ウソはつかない。とにかく、誠実に、真面目に。これはずっと守って来たポリシー。お客さんはうちの店を信用して来てくれるんだからさ。これからもそうやって商売をしていきたいね」。

INFORMATION

店名
カバンの店 コミナト
住所
青葉区一番町四丁目2-16
営業時間
10:00〜19:15
休業日
元旦のみ
TEL
022-222-3218

MAP

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

関連記事

NEWS & TOPICS

  1. 三瀧山不動尊まつり
  2. P1040220
  3. _XG_1163ぶらんどーむ
  4. 歌のちから
  5. おおまち 空中ステージコンサート

machinaviPRESSの深掘版

  1. P1040220
  2. 本祭りの28日には「夏の大祭祈祷会」が行われている
  3. 楽しみがい
っぱいの露天
  4. 庭園には伊達政宗公の胸像が。
  5. blog108_1_07
  6. blog108_2_03
  7. P1060914
  8. blog_a_07
  9. XG_1377
  10. 撮影場所:北庭 天気の良い日には、美術館見学の小学生たちが芝生の上でお弁当を広げる。右奥/新宮晋作「時の旅人」、左/フェルナンド・ボテロ作「馬に乗る男」

PRESSもチェック!

2016.9.29 発行

vol.113
machinavi仙台townfeedで仙台を楽しもう

最新号を読む

>>バックナンバーはコチラ

スポンサードリンク

ページ上部へ戻る